RUN NEET RUN

あの時、僕はなぜニートになったのか。

ニートになったことのない人や、ニートが周りにいた人にとって一番不思議なのは「なぜニートになるのか?」ということでしょうか。もしかしたらニートが周りにいてもそれはわからないかもしれません。なぜなら、ニートになった本人も改めて「なぜか」と聞かれるとはっきりと答えることが難しいからです。
改めて自分がなぜニートになったのか掘り起こしてみると、答えは案外すんなりと見つかりました。

特別になりたかった

あの時、僕はなぜニートになったのか。
それは、僕がニートになって手に入れたものが答えだったのだと気がつきました。

僕がニートになって手に入れたのは「普通とは違う道を選んだ」という「特別感」でした。

僕が通っていた高校は、北海道の公立高校ではトップクラスの進学校で、ほとんどの生徒の進路が大学進学でした。進路の話となれば「どこの大学を目指すのか?」から始まるのが当たり前で、僕も高校2年生の夏までは当たり前のように自分も大学に行くものだと思っていました。
しかし徐々にそのことに違和感を感じ始め、高校2年の冬休みについにその違和感はピークを迎えます。

どうして僕は大学に行くのだろう?

そのことを考え始めたら、色々なことがわからなくなってしまいました。
高校2年の冬休み頃から受験に向けた動きは活発になり、みんな予備校や塾はどうするとか、模試の結果がどうとか、そういった話題が増えてきます。

僕はそもそも勉強するにもやる気が起きず、やりたくないなぁと思いながらもテスト前には机に向かっていましたが、普段はゲームばかりしていました。
それが、いざ進路を真剣に考えなければいけない時期が来て、ぱったりと思考が止まるのです。

大学に行きたい理由が一つもなくて、行きたくない理由はたくさんあるのに、どうして受験勉強なんかしなきゃいけないんだろう。

そんなことばかり考えてしまいました。
僕は小さい頃から環境の変化が苦手で、知らない町や知らない土地に行くのがすごく苦手でした。学年が変わる時のクラス替えもすごく嫌だったし、中学校や高校に上がる時なんてもう最悪です。
新しく人と関わるのがすごく苦手で、これは今でもそうですが、基本的には今以上の人の繋がりなんて、僕は欲しくないのです。
なのに、進学をすると当たり前のように新しい人がたくさんいて、その人たちと関わらざるを得ない。関わらなければ関わらないで、後ろ指を刺されているような気がして居心地が悪い。かといって関わりたくもない人と関わるのもしんどい。
だから僕は高校を受験する時も、同じ塾で仲のよかった友達がたくさんいる高校にしたし、そうやってなるべく変化を小さくするようにしてきた。

しかし大学受験となるとそうはいかない。仮に地元の大学にすれば、多少なりとも同じ高校の人はいるだろうが、そもそも高校で顔見知っている人などごく一部だったし、大学となるとそもそもの母数が多すぎて知り合い程度じゃ焼石に水である。
地元を離れるとなると、人だけじゃなくて土地も知らないということになるし、そうなるともうお手上げである。

そして一番重要だったのは、そんなに辛い思いをしてまで大学に行きたい理由があるか?と言われたら全くないということである。
学びたいこともないし、友達が欲しいでもないし、遊びたいわけでもないし、働きたいわけでもない。わざわざ大学に行く理由なんて一つもなかった。

でも、そんな僕にも一つだけ手に入れたいものがあった。
それが、「自分が特別な人間である」と感じること。

大した能力も努力もしていなかったけど、誰かと同じは嫌だったし、誰でもなれるものにはなりたくなかったし、その他大勢になりたくないと思っていた。
というよりもむしろ、自分は特別なんだと根拠もなく確信していたようにも思う。
だけど現実は別にそれほどでもなく、ただの1高校生にしかすぎず、何かに秀でているわけでもなかったから、自分の確信と現実のギャップが辛かったのかもしれない。

何かにおいて特別になるには、何かしらの努力が必要である。
努力をするには、それ相応の「やりたい」と思える理由がいる。
それがすごく好きだとか、夢中になれるとか、負けたくないとか、そんな理由があると思っていた。
だけどそれはそう簡単に見つからないし、それを見つける努力すらできない。
なぜなら僕は新しいことにチャレンジすることが苦手で、新しい人とも出会わないから、新しい情報にも出会わない。そりゃ、新しい自分になんかなれるわけがない。

そんな僕が、努力もせず、やりたいことも見つけずに「特別な何か」になる方法がたった一つだけあった。

それが、「何もしない」という選択、つまり「ニートになる」ということであった。

実際、僕の高校の大学進学率は「99.9%」、残りの0.1%は大学進学どころか受験すらもしなかった僕ただ一人である。
ニートになるという選択肢をとるだけで、同級生で現役で東京大学に進学する人数よりもずっと少ない「1」になることができた。

それが、僕がニートになって手に入れたもの。
僕がニートになった理由そのものだったわけである。

知られたくない気持ち

当時の僕は、担任の先生と母親以外には誰にも言わなかった「やりたいこと」があった。
それは小説を書くということだった。

小さい頃から頭の中で物語を妄想するのが好きで、ガチャガチャで買ってもらったゴム人形を集めて、その人形たちを戦わせては物語を作って遊んでいた。
中学の選択授業で国語を選んだ時に、文学作品を作ってみようという課題があった。その時に初めて小説を自分で書いてみて、大変だったし大したものはかけなかったけど、すごく楽しかったのを覚えている。

その延長線上で、高校3年になって勉強をやめてからは、家にある小説を読み漁っては、自分の頭の中のアイデアをノートに書き出したりしていた。

でも、その自分のやりたいことを、決して人には知られたくないと思っていた。

どうしてかはわからないけど、たまらなく恥ずかしくて、どうしても知られるのが嫌だった。
今思うと、人と関わりたくないことやチャレンジするのが苦手だったのも同じ心理だったのかと思うが、僕はきっと「自分の頭の中を知られるのが嫌だった」のだと思う。

僕がコンビニにいこうとして入り口に向かって歩けば、当然周りから見れば「あいつはコンビニにいくんだな」というふうに見える。そんなふうに、僕の行動を見られると考えていることが知られてしまう。それがすごく嫌だと感じていた。
普通に考えれば、僕がコンビニに行こうが何をしようが誰も何も気にもとめていないとわかることなのだが、どうしても嫌だと感じてしまっていた。

だから、小説を書きたいだなんて心の中心にあるものを、周りに知られるなんて死んでも嫌だと思っていた。
進路を決めるにあたって、大学にいかないという選択肢を取る以上、どうしても親と担任の先生には説明をしなければならなかったので仕方なく話したが、そうでなければ絶対に話したくないことである。

この「知られたくない気持ち」は、脱ニートをする時まで僕の行動を阻害することになるのだが、これもまた僕がニートになった理由の一つだと思う。
ニートになって部屋に引きこもっていれば、少なくとも家族以外には僕の存在はバレないし、僕が何を考えているのかを知られることはない。

ニートであることは、僕にとって都合が良かったのである。

ニートになる理由

手っ取り早く「特別になる」ため、そして「独りになる」ため。
それが僕がニートになった理由でした。

きっと、ニートになる人にはそれぞれ全く違う理由があることでしょう。
もしこの記事をニートの人、もしくはニート経験のある人が読んでくれていたとしたら、多分僕とは違う理由を持っているのだと思います。

このブログでは「ニートを脱するための方法」も書いていこうと思っていますが、それはあくまでも「僕が」ニートを脱するための方法であって、他の誰かには当てはまらないこともあるでしょう。

それを踏まえた上で、それでもニートについて引き続き書いていこうと思っています。

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